大山街道を歩く 第4回
今回は長津田から海老名まで 7月12日(土)
コース概要
八阪公園(長津田駅)~ 国道246号線 ~ 馬の背 ~ 町田市辻(交差点) ~ 五貫目道祖神 ~ 下鶴間ふるさと館 ~ 鶴間駅 ~ 泉の森公園 ~ さがみの駅 ~ 赤坂の道標 ~ 望地(交差点) ~ 国分コミュニティーセンター ~ 海老名中央公園 ~ 海老名駅 の約15km
気温30度を超える天気で ペットボトル3本以上を飲みながらの歩行でした
八阪公園
八阪神社 金刀比羅神社
この地は御野立所と呼ばれ
大正8年の陸軍大演習で当時の皇太子殿下(昭和天皇)が演習を観閲した場所です
眼下に恩田川一帯が一望できる場所であったが 現在は建物が立ち見渡すことができない
「皇太子殿下御野立之跡」の碑
この時皇太子殿下は記念の松を植えられたそうです
国道246号線に出る
千代田区の三宅坂交差点から渋谷を経由して神奈川県を通って静岡県の沼津に至る
ほぼ矢倉沢往還(大山街道)に沿った国道で現在でも交通量の多い重要な道です
馬の背
馬の背とはこの辺りの小名地名
大山街道がこの尾根道を通っていた
馬の背 からの見晴
国道246号に戻って進むと左手に東京工業大学 すずかけ台キャンパス が見渡せる
町田市辻交差点から246号を離れ圓成寺の前を進む
五貫目道祖神
天下泰平 五穀成就 左 江戸道 右 大山道
等と刻まれている
傍らの説明書きには
「五貫目道祖神は、徳川中期に旧青山街道(旧国道246号)の現所在地より約300メートル西方境川鶴瀬橋手前に祀られ、北は世田谷青山、西は伊勢原小田原、南は戸塚鎌倉に通ずる三方分離点として旅人の道標としての役を果たした道祖神です。」とある
境川にかかる鶴間橋を渡る
この辺りから下鶴間宿に入るのか
大山阿夫利神社御分霊社
「相洲鶴間村宿」の碑
「是より東 江戸十里」
「是より西 大山七里」
昔の人は健脚で1日目はこの辺りまでやって来たのではないか
このそばには
「新田義貞公鎌倉進撃路」の碑がある
傍の屋敷は鎌倉時代以前より住む鶴間宿最古の家だそうです
すぐに下鶴間ふるさと館に着く
コース概要
八阪公園(長津田駅)~ 国道246号線 ~ 馬の背 ~ 町田市辻(交差点) ~ 五貫目道祖神 ~ 下鶴間ふるさと館 ~ 鶴間駅 ~ 泉の森公園 ~ さがみの駅 ~ 赤坂の道標 ~ 望地(交差点) ~ 国分コミュニティーセンター ~ 海老名中央公園 ~ 海老名駅 の約15km
気温30度を超える天気で ペットボトル3本以上を飲みながらの歩行でした
八阪公園
八阪神社 金刀比羅神社
この地は御野立所と呼ばれ
大正8年の陸軍大演習で当時の皇太子殿下(昭和天皇)が演習を観閲した場所です
眼下に恩田川一帯が一望できる場所であったが 現在は建物が立ち見渡すことができない
「皇太子殿下御野立之跡」の碑
この時皇太子殿下は記念の松を植えられたそうです
国道246号線に出る
千代田区の三宅坂交差点から渋谷を経由して神奈川県を通って静岡県の沼津に至る
ほぼ矢倉沢往還(大山街道)に沿った国道で現在でも交通量の多い重要な道です
馬の背
馬の背とはこの辺りの小名地名
大山街道がこの尾根道を通っていた
馬の背 からの見晴
国道246号に戻って進むと左手に東京工業大学 すずかけ台キャンパス が見渡せる
町田市辻交差点から246号を離れ圓成寺の前を進む
五貫目道祖神
天下泰平 五穀成就 左 江戸道 右 大山道
等と刻まれている
傍らの説明書きには
「五貫目道祖神は、徳川中期に旧青山街道(旧国道246号)の現所在地より約300メートル西方境川鶴瀬橋手前に祀られ、北は世田谷青山、西は伊勢原小田原、南は戸塚鎌倉に通ずる三方分離点として旅人の道標としての役を果たした道祖神です。」とある
境川にかかる鶴間橋を渡る
この辺りから下鶴間宿に入るのか
大山阿夫利神社御分霊社
「相洲鶴間村宿」の碑
「是より東 江戸十里」
「是より西 大山七里」
昔の人は健脚で1日目はこの辺りまでやって来たのではないか
このそばには
「新田義貞公鎌倉進撃路」の碑がある
傍の屋敷は鎌倉時代以前より住む鶴間宿最古の家だそうです
すぐに下鶴間ふるさと館に着く
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