王禅寺

王禅寺の禅寺丸柿の様子を見に行ったが 少し遅かった
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禅寺丸柿の原木は柿の実がもう少なくなっていた
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白秋の歌碑の説明版が新調されている
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参道の脇のウバユリの実
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王禅寺の傍にあるふるさと公園の禅寺丸柿
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小ぶりなのが特徴です

寺にある「禅寺丸之記」
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少し長くなりますが全文を記します

禅寺丸之記
抑々当山者星宿山蓮華蔵院王禅寺ト称シ真言宗豊山派ニ属ス 
延喜二十一年高野山三世無空上人ノ開山ニシテ関東ノ高野山ト称セラレ東國鎮護ノ勅願寺トナル
然ルニ元弘三年新田義貞鎌倉追攻ノ戦乱ニヨリ一山悉ク烏有ニキス 
斯クテ応安三年久良岐郡金沢称名寺塔頭延命院住僧等海上人勅命ニヨリ再興セントシテ資材探索中 
寺領ノ山中ニ於テ紅熟セル柿ノ果実ヲ発見 其の甘味豊潤ニシテ他に類例ヲ見ズ 
依テ寺庭ニ移植シ更ニ近在ノ人々ニ栽植ヲススメ王禅寺丸ト命名セリ 
下ツテ江戸幕府創立後ハ市場ニ多ク出荷サレ競売砌王ヲ略シテ禅寺丸ト称スルニ至ツタノハ元禄時代ノ事ト伝エラレル 
処ニヨツテハ丸柿或ハ黒熟トモ云イ隔年結果の習性ヲ持ツテイル 
明治三十六年求メニ応ジ広島、岐阜、静岡、福島ノ各県ニ苗木ヲ送ツタガ福島デハ結果セルモ渋柿ニ変ツタト報告サレテイル 
明治四十二年秋柿生村々会議員一同ハ都築郡々長ヲ通ジ王禅寺二〇〇〇番地森七郎氏ノ栽培品二百個ヲ陛下ニ献上サレタ
尚当寺ハ柿寺トモ云ハレ庭前の原木は今尚多クノ着果ヲ見セテイル

昭和五十八年秋彼岸 
三十九世 法印雄三 敬白
石工 真鶴 竹林石材店


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